違和感を抱いたのは都市圏活断層図の作成作業中だった。なぜ庄内平野を流れる藤島川は、小規模ながらも渓谷のように大地をえぐっているのか。「(地形を立体視する)空中写真判読で活断層の位置を確認していたとき、研究者同士で『おかしいよね』と話し合った」。鶴岡高専教授の沢祥は作成当時の2006年を振り返る。
平野は山間部に比べて高低差が小さいため、通常はゆったり流れる川が多い。例えば最上川。山形県全域で集められた豊かな水が日本海に悠々とそそぐ光景は多くの人々を魅了する。「現代は洪水対策で堤防が造られているので気付きにくいが、堤防がなければ川面と川べりの高度差はそれほどない。藤島川のすぐ近くを流れる京田川も同様」と沢。では、なぜ藤島川だけが地面を彫り込んでいるのか。
隆起、川に勢い
「その理由は大地震を引き起こす地殻変動にある」と沢は解説する。水は高い所から低い所へ流れるのは誰もが知っている自然の摂理。水流によって大地は長い時間をかけて浸食されるが、十分削り込むと力が均衡するため、浸食力は衰える。しかし、地殻変動で大地が隆起すると高低差が復活し、川は再び勢いを取り戻す。その繰り返しによって、河川は大地を深く彫り込んでいく。
旧藤島町中心部を流れる藤島川の流路はおおむね南北方向。注意深く観察すると、川に沿って盛り上がった地形が南北に続くのが分かる。東西から圧縮されることによって大地が波板状になる活褶曲(しゅうきょく)だ。
都市圏活断層図は国土地理院が発行。全国各地の活断層が網羅されており、本県でも庄内、最上、村山、置賜と全域で作成されている。変動地形学が専門の沢は県内ほぼ全ての都市圏活断層図作成に携わった。その活断層図では藤島川の流路を含む南北21キロ以上にわたって、活褶曲を示す黒い実線が引かれている。
活断層は「赤」で記され、一見して警戒感を与えるが、活褶曲は「黒」で目立たない。政府の地震調査研究推進本部がまとめた庄内平野東縁断層帯の長期評価の地図では、断層帯の位置を明示している一方で、活褶曲の記載はない。しかし、沢は「活褶曲の位置は防災を考える上でとても大切だ」と指摘する。「褶曲も断層も地下では1本の断層でつながっており、将来の地震を考える上で重要性は変わらない」
庄内平野を流れる藤島川。地殻変動による隆起で、谷が形成されたと考えられている
M7.5以上にも
推進本部の長期評価では、庄内平野東縁断層帯の全長を約38キロとした上で、想定マグニチュード(M)を最大7・5程度と見積もっている。だが、沢らが都市圏活断層図で示した活褶曲も断層として捉え直すと、全長はさらに南に延びる。地震の規模は断層の長さに比例するとされ、褶曲も含めれば、より大きな地震が発生する危険性が出てくる。
横浜から移り住んだ沢には、山形の人々が過去の災害に無関心過ぎると映る。「庄内では1894(明治27)年に726人も犠牲になる地震が起きたほか、1964(昭和39)年の新潟地震でも大きな被害を受けている。それにもかかわらず、若い世代に過去の惨事が十分伝わっていない。危機的状況と言えるのではないか」。沢の危惧が杞憂(きゆう)であればそれに越したことはない。しかし、その判断は「人間」ではなく、「大自然」が下すことを忘れてはならない。=敬称略・第5部おわり
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