「治水のためには治山を。まず山に木を植えよ」。農民出身の衆院議員田中正造(1841~1913年)が帝国議会で伊藤博文らに向かって、治山の大切さを訴える歴史に残る演説をした。田中の死後100年を経て、“治山”の重要性が見直されている。
今年7月の豪雨で護岸の崩落など甚大な被害が発生した南陽市の織機(おりはた)川。被害発生からほぼ1週間後に全国防災協会の専門家2人が現場を視察した。惨状を目の当たりにし、周囲の山々まで目を凝らす。後日「土砂流出を防ぐ対策として砂防ダムを検討されたい」「支川、支沢からの対策も検討が必要」などとする報告書を取りまとめ、県に送付した。治山の不十分さを指摘した格好だ。
今年8月に発生した広島市の土砂災害では74人が犠牲になった。京都大大学院教授で内閣官房参与の藤井聡氏は「8カ所にあった砂防ダムは全て土砂を食い止めたが、大きな被害を受けた地域では9カ所がいずれも未完成だった。砂防ダムがあれば、かなりの人を救えた」と指摘する。さらにこう強調した。「危険な箇所に5世帯以上が住んでいる場所は全国で約20万カ所。そのうち砂防ダムの整備率は20%。80%を放っておいていいとは思えない」
県砂防・災害対策課によると、国の基準に合わせ県が調査をした「土砂災害危険箇所」は3771カ所ある。その周辺などを含めた「土砂災害警戒区域」は4373カ所、この中でより危険性が高い「特別警戒区域」は3108カ所。警戒区域のうち、砂防ダムや地下水を集める井戸の設置など対策が講じられている場所は3割弱にとどまっているという。
対策が遅々として進まない中、広島市の土砂災害を受け、吉村美栄子知事は県内の危険箇所にある29の老人福祉施設(24時間滞在)周辺の整備を重点的に進める方針を打ち出した。
藤井氏はさらに、土砂災害が危ぶまれる地域が宅地として開発され続けてきた実態も問題視する。県内でも山際に造成され、警戒区域に指定されている住宅地は少なくない。広島市の災害を教訓により差し迫ったリスクとして受け止める必要がある。
土砂災害の発生に、森林の保水能力が関係しているという指摘がある。林業の採算性の悪化などを背景に、県内でも手入れが行き届かず、荒廃した人工林が増えている。密集した森林では若い木が健全に育たず、下草による土壌保全が進まないため、森林の保水能力が十分に発揮されない。雨が降ると土壌が流出し、山崩れが起きやすくなる。
さらに木材需要の低迷などもあり、木々が増え、川のすぐそばまで植生が拡大している風景を県内でもよく見かける。大雨の際はこうした木が流木となり、越水や橋の破損を引き起こすなど、被害拡大の一因になっている。
治山や造林に関する県の予算(当初比)は、ピーク時の1997年が約44億円だったのに対し、14年度は約13億円。3割程度にまで減少した。リスクの増大に予算が追い付かない構図は治水対策と全く同じだ。
県内を毎年のように襲う豪雨は、防災教育などのソフト面の対策に加え、計画的かつ迅速なハード面の対策の重要性をあらためて示した。さらに、林業を含め産業構造の転換にまで踏み込んだ森林保全に関する息の長い取り組みの必要性も突き付けた。高まるリスクに緊張感を持った対応が求められている。
民家の庭まで土砂が流れこんだ現場。山際の民家など危険地帯の対策が急務となっている=7月10日、山形市長谷堂