8月のある週末、村山市の甑葉プラザの一角に行列ができていた。お目当ては「冷たいひっぱりうどん」。氷水できりりと冷やしたところがひと味違う。薬味もラー油やコショウという“新顔”を用意した。ひっぱりうどんは県民には身近な食だが、家庭料理であるが故に県外者が味わえる機会は少ない。行列には地元の人たちと県外の旅行者が入り交じった。
この日は納豆やサバ缶、薬味をどんぶりに取ってから、うどんを入れる手順。初めて食べる旅行者は「何をどのくらい入れたらいい?」「つゆはないの?」と戸惑いながらも興味津々の様子。鍋に入ったうどんを箸ではなく、木製の道具ですくい、味わった。駅で催しを知って参加した東京都の主婦中川勝代さん(72)は「土地の名物を食べたかった。シンプルだけどおいしい。自宅でもやってみたい」と笑みをこぼした。
催しは、食を中心に据えてにぎわいを創出する第2回Shoyoマルシェの目玉として実施された。ブースを担当したのは「ひっぱりうどん研究所」。発祥の地といわれる村山市の有志約30人が所属している。
戦前から戦後にかけ、炭焼き作業中の食事として塩をかけて食べ始めたというひっぱりうどん。やがて家庭で行われるようになり、経済成長に合わせるように納豆、卵、サバ缶と具材が増えていった。そんな歴史を含め、地域の食文化を多くの人に伝えたいと「研究所」は2010年に発足した。「こうなってほしいと思って活動してきた」。途切れない行列に所長で同市職員の佐藤政史さん(42)は頬を緩ませた。
同市は、市地域雇用創造推進協議会が笹巻きなどの郷土料理作り体験で仙台圏からツアー客を呼ぶ事業も展開する。「食は人を引き付けるキーワードの一つ。郷土食は特にその力が強い」と秋久保洋紀市商工観光課係長(42)は言った。
観光資源となり得る本県の郷土食は、ひっぱりうどんだけではない。夏の暑さを乗り切るため各家庭で親しまれてきた「水かけご飯」もその一つ。“超”が付くほど素朴な味が、注目を集めた。
■こだわり加えて
最上町赤倉温泉の5旅館は今年8、9月の金、土、日曜日、季節限定のランチメニューとして「最上町産山形牛と水かけまんま」を提供した。赤倉温泉観光協会の旅館部会が中心になって準備。山形牛サーロインステーキとアスパラガスの焼き物、最上牛時雨煮、みそ漬けなど、ほぼ全ての食材を町内産でそろえた特別メニューだ。
中でも注目を集めたのが「水かけまんま」。「水をかけただけのご飯で人が呼べるのか」との声も聞かれたが「おもしろそう」と採用。試食を重ねるうちに、水の代わりに冷たいそば茶を使うと香り豊かな一品となることに気付いた。そば茶は町産のソバ「最上早生(わせ)」で入れるというこだわりも加えた。
料金は各旅館での入浴付きで、個室利用が3800円、大広間利用が2千円と格安に設定。反響は予想以上に大きかった。「一度食べてみたい」「平日に予約できないか」。受け付けを始めると、仙台や関東圏など県外からの問い合わせが相次いだ。利用客からは「すごくおいしい」「脂の乗った牛肉と、さっぱりした水かけまんまの相性がいい」と高評価を得た。
■その地ならでは
事業に中心的に関わった一人、旅館「湯守の宿 三之亟(さんのじょう)」の若旦那高橋治さん(38)。「東京など大都市に行けばどんな料理でも食べられる時代。観光客はその土地ならではの、そこにしかない食を求めている」と確信を込めて言った。
2カ月間の利用者数は三之亟だけで70人超となった。週末に限った受け入れで、宿泊につながる可能性のある人数と考えれば、十分な手応えだった。高橋さんは、おいしい米と水(お茶)をはじめ、良質な食材がある地域だからこそ出せる料理だとも感じている。赤倉温泉の取り組みは一般の飲食店でほとんど提供されない郷土食が、その土地に足を運ぶ理由になることを示した。
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