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山形再興

第1部・先端研究の求心力 山形大工学部(3)

2018/1/10 15:51
山形大が取り組む起業家育成に関してプレゼンテーションする小野寺忠司国際事業化研究センター長

 山形大工学部(米沢市)発のベンチャー企業は、城戸淳二卓越研究教授が中心になって設立した「フラスク」「ベジア」、時任静士卓越研究教授の「フューチャーインク」などさまざまあるが、今、注目されているのは卒業生や学生による起業だ。

 工学部キャンパス内にある山形大国際事業化研究センターのセンター長に昨春、元NECパーソナルコンピュータ役員の小野寺忠司教授が就任した。小野寺センター長が特に力を入れているのが「アントレプレナー(起業家)教育」。その背景には「このままでは日本が危ない」という危機感があるのだという。

 10年前、世界の企業の時価総額ランキングでトヨタは10位だったが、今では39位。上位を占めるのは米国のIT関連企業で、その多くは大学発のベンチャーだ。NEC時代、何度となく米国に出張し人脈を築いた小野寺センター長が言われたのは「日本企業はスピードが遅い」「日本には投資したくない」といった言葉だった。

 「シリコンバレーにできたことなら、米沢でもできる。置賜を日本のシリコンバレーにしたい」。小野寺センター長は就任以来、さまざまな席でこう強調してきた。こうした強力なバックアップを受け、学生たちの意識も以前とは明らかに変化しつつある。

 「ちょっと前までは学生にも大企業指向が強く、トヨタ志望が十数人いたが、今年はゼロ。明らかに意識が変わってきた」と語るのは、飯塚博山形大工学部長。シャープや東芝など、日本を代表する大企業でも決して安泰ではないという近年の現実も、学生の意識改革を後押ししている。

米沢市内で開かれた異業種交流のイベントで自社技術を紹介する斎藤博文さん

 昨年12月、米沢市内で開かれた異業種交流イベントで、工学部4年の斎藤博文さん(23)=酒田市出身=は自分が勤めるベンチャー企業「ZAICO」の事業紹介を務めた。同社はスマートフォンなどで簡単に在庫管理ができるアプリケーションを提供しており、斎藤さんはエンジニアの1人。社員は田村寿英社長を含め3人だが、勤務地は全員違うという。

 同社を知ったのは昨年6月に山形大国際事業化研究センターが工学部で開いた「イノベーション創出プログラム説明会」で聞いた田村社長のプレゼンテーションだった。「元々人が多いのは苦手で、大企業には向かないと思っていた。会社の名前より、この会社で何ができるかで選んだ」と斎藤さん。今のところ起業にはあまり興味がないが、自分の技術で人の課題を解決できることに喜びを感じている。

コーヒーショップで仕事をすることもあるという高木直人さん。今や起業のハードルはぐんと下がったことを実感する

 一方、明確に起業を意識している学生もいる。今春、山形大の大学院に進学する工学部4年の高木直人さん(23)=静岡県出身=は「将来は研究者になりたい。そのためには起業して、自ら研究資金を調達しないと」と語る。

 入学したころは「起業するとしても30~40代で」と思っていたが、今は「むしろ社会に出る前の方が起業はしやすい」と考えるようになった。「ITを活用した研究者向けの事業を考えている。東京でやるメリットはないので、もちろん住んでいる米沢でやります」

 小野寺忠司国際事業化研究センター長が思い描く“日本のシリコンバレー”像は、イノベーションや起業家が次々に生まれる地域。ベンチャー企業が育てば雇用が生まれ、人口減少対策や若者の定住にもつながる。「それを山形ができれば、隣接する他県も『うちでもできるのでは』と思うだろう。東北全体が変われば日本が変わる」

 山形大は本年度、早稲田大などと共同で取り組む次世代アントレプレナー育成事業が文部科学省に採択され、起業家育成の体制が強化されることになった。具体的には来年度から、学生を対象とした起業マインド育成、社会人も含めた起業の基礎教育、本格的な創業・新規事業立ち上げに向けた伴走支援などに取り組んでいく。講師陣には学内外の多彩な人材をそろえる方針だ。

 「トヨタだってパナソニックだって、最初はベンチャーだった。日本人にも起業家のDNAはある」と小野寺センター長。「100人に話して、実際に起業できるのは1人かもしれないが、まずは成功事例をつくることが大切。リスクはあっても成功すれば楽しい、ということを教えたい」。それが花開けば、置賜が日本版シリコンバレーへ歩み始める第一歩となる。

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