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菅原工務所社長
菅原靖氏
菅原靖氏
【インタビュー】
 -業界の現状を踏まえ、求める人材は。

 「酒田・飽海地区での建設業界の発注額が数年前には、ピークだったバブル期の4分の1まで落ち込み、大幅な人員削減を余儀なくされた。発注額は回復しつつあり喜ばしいことだが、人員削減した中での受注増で人材不足は深刻化している。採用を控えた時代に新卒だった30~40代の中堅が薄く、少子化と採用競争激化で20代も少ない。資格取得のために経験年数が必要な建設業界は『一人前になるまで10年』といわれており、将来を見据えるほど若手の人材確保は不可欠。建設業、ものづくりに興味がありコミュニケーション能力のある人材がほしい。中途採用者も貴重な戦力で、他社での経験が当社の財産になる」

 -人材の確保、育成で重要なことは。

 「新卒者に仕事の魅力を伝え興味を持ってもらうため、保護者も案内して現場見学会を開くなど、業界が連携して活動している。ビル、橋、道路、住宅など多様な建設工事があるが、どれも数十の業種が力を合わせている。施主のニーズを的確に捉えながら、幅広い業種の専門家と連携してチームで完成させていくのが建設業の仕事だ。それゆえの面白さもある。また先々を見越して段取りを進める能力も必要。今、業界を支えている50代、60代のベテランの力を次世代に継承することが重要だ。先輩から直接学べるよう、多様な先輩の下で経験を積んでもらっている。仕事は結局人につく。『この人にお願いしたい』と指名される人材を増やせるよう、努力していかなければならない」

 -仕事上で最も影響を受けた人物は。

 「自分が出会う全ての人から学ぶことがあると考えている。今も多くの方に勉強させていただいている最中だが、故人で挙げるとすれば、前田製管(酒田市)の創業者で酒田商工会議所会頭などを歴任した前田巌さんだ。自分は、社長だった父が体調を崩したため、大学を卒業してすぐに帰郷し業界に入った。若いのを心配してくれたのか、よく声を掛けてもらい『おいあくま』という言葉をもらった。怒るな、威張るな、焦るな、腐るな、負けるな-の意味だ。当たり前のことかもしれないが、どれも本当に大切なこと。今も心に留めている」

 ★菅原靖氏(すがわら・やすし) 中央大理工学部卒。1975(昭和50)年に入社し、76(同51)年に常務。86(同61)年、社長に就任。県建設業協会理事、同協会酒田支部長。酒田市出身。66歳。

 ★菅原工務所 菅原定治郎が1937(昭和12)年、菅原組を創業。76(同51)年、株式会社菅原工務所に組織変更した。95年に住宅部門の株式会社ベストハウスを設立。建築、土木、住宅、不動産部門の4本柱で事業展開する。ベストハウスを含めた従業員数60人(17日現在)。資本金5千万円。本社所在地は酒田市東栄町12の44。

【私と新聞】地元の話題、細かく拾う
 菅原靖社長は毎朝、1面から順に目を通し、気になった見出しの記事を読み込む。国、世界の動きも追うが、特に関心を持っているのが地域の話題。地元の子どもたちの活動を含め、業界に関係ない分野の話題も細かく拾う。「地域に根差して仕事をしているので、地元の話題は分野を問わず全て仕事に関係してくると思う」と話す。

 最近印象に残ったのは、格安航空会社(LCC)のジェットスター・ジャパン(千葉県成田市)が8月1日から、庄内-成田線を運航するニュース。「地元の多様な話題と全国・海外の情報を両方得られる山形新聞は貴重な情報源」と評した。

【週刊経済ワード】金融審議会
 金融庁設置法に基づいて設立された諮問機関。政府が金融制度に関する重要な政策を立案・決定する際に、首相や金融担当相らから諮問を受け、専門家の見地から答申する。夫婦で2千万円の蓄えが必要だと試算した「老後報告書」は、麻生太郎金融担当相の諮問を受けて、安定的な資産形成などを議論する下部組織の「市場ワーキング・グループ」が作成した。
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