(187)支え合いの大切さ実感~渡辺えりの ちょっとブレーク|山形新聞

渡辺えりの ちょっとブレーク

(187)支え合いの大切さ実感

2020/12/23 19:01

 65年間生きてきて初めて体験することの多い1年でした。

 現代社会の中で生きにくいと感じている人たちの生きる活力のために演劇、映画、ドラマがあると思い、精いっぱい頑張ってきた人生でしたが、コロナ禍によってそんな活動が否定されるような出来事が続いたのでした。

 「金にもならないことを好きで苦労してやっているんだから、生活に必要のないそんなものはやめてしまえばいいのだ」という心ない人の発言がSNS(会員制交流サイト)によって拡散されました。ドイツのメルケル首相は「文化芸術は不要不急の娯楽ではなく、社会を多様に、想像的に育てるインフラだ」と言ってくれました。私自身、繊細過ぎて生きにくい質(たち)の自分が山形県民会館で観(み)た演劇たち、映画館で観た映画たちに育てられ、生かされてきたので、コロナ禍での演劇人に対するバッシングには胸を痛めました。

 それで「サクランボ農家」に例えた演劇の重要性を文化庁に訴えたのでした。故郷山形がここでも私を救ってくれました。「サクランボ農家」をバッシングする人はいません。あんなに手間のかかる芸術品を農家の皆さんで育て上げ、世に出し、喜ばれる。もちろんお米も蕎麦(そば)も麦も大事な主食ですが、サクランボやラ・フランスもなくては生きられません。文化芸術は農業の仕事、作業の源流と重なっていると思います。

 コロナ禍で、朝9時から夜の11時半まで舞台の稽古をして4本の作品を作り上げました。何としてでも演劇の灯を消さないとの思いでした。まさに決死の覚悟の夏でした。

 そして、映画やテレビの仕事は山形の両親を喜ばせるために演じてきましたが、両親が介護施設のお世話になるようになり、認知症も進み、理解力がなくなってしまったことで自分の仕事の意味があるのかと、落ち込む日々が続きました。しかもコロナで面会することも叶(かな)わず、触れ合うこともできない。

 こんなことが起こるとは誰が予想できたでしょう。両親たちは、なぜ私がお見舞いに来られないのかも理解できていません。

 介護施設で働く方たちも外出することもできず、大変な状況と聞きます。母は元日で91歳になります。元日の誕生日にも面会できないのは本当に苦しいです。パンパンだった母の足も介護士の方が毎日マッサージしてくださり、元の足に戻ったというのに。ケアマネジャーさんを含め、多くの方たちにお世話になり、感謝の気持ちでいっぱいですが、とにかく寒い冬を乗り越えて、会える日まで待ってほしいと祈るしかありません。

 年末から年明けの1月いっぱいの稽古で、2月に幕の上がる喜劇「お染与太郎珍道中」が東京・新橋演舞場と京都・南座で公演になります。両親が喜んで私が花道を通ると声をかけたりしてくれました。父母の笑う顔を思い浮かべて頑張りたいと思います。友人たちも多く出演する愉快な舞台になりそうです。

 もうすぐ2021年。コロナ禍の苦しい1年の中で見えてきた真実も多くあります。自己責任などと言わずに、みんなで支え合うことが大事なんだと教えられた1年でもあります。人は一人では決して生きていけません。

 自分が誰に助けられ、誰を助けて生きていくのか? さまざまな覚悟が必要です。持ちつ持たれつの精神で暮らしてきた山形県は、ここからが強いのだと思います。良い意味で世話好きで働き者が多く、人が喜んでくれるのが大好きな県民。ずるくて計算高い人の少ない県民。私はますます山形県が好きになりました。今、本当に大変でしょうがみんなで支え合って乗り越えましょう。

 私も、来年は山形で皆さんに喜んでいただけるような活動をたくさんできるように頑張ります。良いお年をお迎えください。

(女優・劇作家、山形市出身)

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