(203)優しさを持ち寄って~渡辺えりの ちょっとブレーク|山形新聞

渡辺えりの ちょっとブレーク

(203)優しさを持ち寄って

2022/4/30 15:13

 今年4月に発行された山形県の中学校の読書指導用副読本「やまがた中学生の読書」に、私がコロナ禍に書いた短編戯曲「花をさがして」が載っている。昨年、演劇雑誌「せりふの時代」に掲載された作品で、山形にある中学校の体育館を舞台に冬休みの部活とシベリア抑留を絡めて描いた。

 中学校の教員で、おととしに柔道部の顧問をしていた弟に取材し、コロナ禍の授業や部活の困難さをユーモラスに描いた。全て山形弁で、コンクールを目指す合唱部のリハーサル風景から始まる。課題曲は「花をさがす少女」。ベトナム戦争で国を焼かれ、さまよう少女が花を探し続けながら亡くなりチョウになるという、平和への祈りを込めた切ない歌だ。伴奏も複雑でテーマも深い。こういう曲が実際に課題曲になり、中学生たちが真剣に練習していることに感銘し、この曲にしようと決意した。

 山形の友人のお母さんがシベリアに抑留されたと聞いて取材を始めたが、昨年2月の取材前にそのプロローグとして書き始めた短編である。介護施設にいる母をモデルにした、シベリア抑留時代の記憶と今が混濁していく老女が登場する。コロナ禍で孤独を感じる独身の合唱部顧問の感覚が、シベリアで赤十字の看護婦長を務める女性の記憶と重なる中、老女には先生が婦長に見え始める。

 作中の渡辺先生は弟、姉の美千代は私がモデル。また家族を作品に登場させてしまった。コロナ禍で着替えができないため、入学式以降は常にジャージーで制服を着る機会のなかった生徒たち。柔道部なのに組手の練習ができない。マスクの下の顔が分からない。逆にマスクをしないと誰だか分からないなど、コロナ禍のエピソードがふんだんに入っている。

 そして今、ロシアのウクライナ侵攻が始まり、「花をさがして」のテーマが現実味を増してきてしまった。昨年、この短編の2時間バージョンを書き上げるはずだった。しかし、取材に行く予定だった京都府舞鶴市の舞鶴引揚記念館はコロナ、ウクライナは戦争のため、それぞれ延期を余儀なくされた。ウクライナのひまわりを見たかったけれど、本当に残念でならない。シベリア抑留時代に日本兵が造った橋や建物が旧ソ連の各地にあるが、爆撃で壊されてしまったという。抑留された日本人が現存する大きな建物の多くを造ったという現実。シベリアの話は、井上ひさしさんも小説「一週間」でまとめている。軍部が「55万人の抑留者がすぐに戻ってくると、焦土と化した日本ではどうすることもできないから、そちらにとどめておいてほしい」と頼んでいたという残酷な証言も書かれていた。敵も味方もない戦争の恐ろしさの一部である。

 副読本に井上ひさし、藤沢周平、松尾芭蕉と並んで自分の戯曲が載っていることがうれしく、介護施設にいる両親に届けに行った。教員だった父、私の戯曲の第一の読者だった母は飛び上がって喜んでくれるはずだ。こう思ったのだ。

 父は熱を出し、点滴を受けていた。母は相変わらず童女のよう。けれど食欲もあり元気そうだった。本を渡すと、とてもうれしそうに笑った。父はタブレットの画像の中で手を振ってくれた。コロナ禍でまだ触れることはできず、面会は10分。本当に厳しい状況だが、職員さんたちも精いっぱい、今できることを懸命に模索してくださっている。こういった優しい心をみんなで持ち寄り、戦争を止めたいものである。

 村山市出身の映画監督・村川透さんの心意気に感銘し、同市の「アクトザールМ」で5月29日にミニコンサートをやらせていただくことになった。地元の人たちにアートを楽しんでほしいと、私財を投じたホールである。同市には同級生も大勢いるので、再会するのが楽しみである。仲良しだった級友はホールの近くにある「菓子の吉藤」の娘である。気軽で温かい会にしたい。

[PR]
[PR]