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やまがた観光復興元年

第1部・逆境を乗り越える[3] 飯豊・中津川(下)

2014/1/5 12:19
料理を盛り付ける中津川の農家民宿の女将たち。山菜や川魚など地元の食材をふんだんに使い、喜んでもらえるようにと心を込める=飯豊町岩倉

 飯豊町中津川は、都市部の企業や学生の研修場所として農村を活用する「農都交流型ツーリズム」の舞台でもある。宿泊を受け入れる農家民宿の渡部智子さん(58)は、若者たちが川に足を入れたり、火をたいたりしては無邪気に喜ぶ姿を思い出していた。大勢で花火をし、同じ食卓を囲む。炊きたてのご飯を珍しがり、山菜や川魚などを使い手間を掛けた食事に「自分たちのためにありがとう」と感動した。ここではごく普通の生活が、都会の若者には全て目新しく、貴重な経験だった。

 農家民宿の五十嵐京子さん(66)は日中関係が悪化する中、日本の旅行会社に就職し、研修に来た中国の若者の言葉に胸を打たれた。「ここで違う日本を見た。日本の良さを中国に紹介する」。自分たちの住む地域でそうした経験をしてもらえたことが、五十嵐さんは心からうれしかった。

 農都交流型ツーリズム事業は、飯豊町とJTBコーポレートセールス(東京)が共同実施している。単に「都会から来て手伝ってもらう」事業とは一線を画する。農村には過疎などの課題がある一方で、「自然と共存し、ものをつくる力や助け合う力があり、日本を引っ張る人を育ててきた場だった」と小松一芳町商工観光課長(57)。そんな力を生かし、若者の離職率の高さや、自ら考え行動することができない社員に苦慮する都市型企業の課題も解決する。この着眼点が新しい。目指すのは「ウィンウィン(相互利益)」の関係だ。

 飯豊町中津川の農都交流型ツーリズムは、総務省の過疎地域等自立活性化推進事業に採択され、2012年度に始まった。農作業や森林の下草刈り、星空観察、里山ウオーク、郷土料理作りなどの体験を通じて、社会・地域との共生力などを育てる。農村にも、交流人口の増加や地域活性化にとどまらず、農産物の販路の確保といったメリットが期待される。

昨年2月の中津川雪祭りは首都圏の大学生15人が支えた。学生たちは慣れない寒さや雪をも楽しみながら作業に励んだ=飯豊町中津川地区

 最も懸念された参加企業集めは、米穀販売会社経営者時代に「生産者の顔が見える米」で全国から視察を受け入れていた後藤幸平町長がつなぎ、JTBコーポレートセールスとの連携を実現。12年度は無料参加のモニターツアーとして15社、1団体、6大学から約100人を受け入れた。参加者アンケートでは86%が「組織の課題をこの事業で解決できる」と回答。コミュニケーション能力の養成や対人関係づくりで特に高い評価を得た。

■視点に気付く

 人手不足から開催が危ぶまれた13年2月の中津川雪祭りは、農都交流で訪れた大学生15人が共につくり上げた。吹雪に負けず自ら仕事を探して励み、夜は住民と食卓を囲んで酒を酌み交わした。跡見学園女子大4年の片倉ゆりさん(22)は「とにかく毎日楽しかった。同年代の人も、地元に何ができるかを真剣に考えていた。自分にはない視点で気付かされた」と振り返る。学生たちは大学の垣根を越えて自発的にグループをつくり、数人が今年も中津川に遊びにくるという。昨年は無料モニターとしての参加だったが、今回は自費での“里帰り”だ。

 13年度は、地元農協青年部が小学生に農業指導をしているつながりで、都内の高円寺純情商店街との連携もスタート。親子研修を受け入れたほか、同商店街での飯豊産米の販売も始動した。事業を担当する同社営業開発局の石川智康チーフマネージャー(51)は「企業側に効果を理解してもらえれば、間違いなく需要は拡大する」と力を込める。

■モデルの一つ

 地域を何とかしたいとの思いが、心からのもてなしが、共に楽しむ姿勢が人を呼び寄せる。始まったばかりの取り組みだが、農村活性化のモデルの一つのように見える。「数え切れない人との出会いが楽しい。民宿をやっていなかったらなかった出会いだ」。農家民宿組合長の伊藤信子さん(74)が、そう言ってほっこりと笑った。

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