戸沢村の最上川沿い、最上と庄内の中間に位置する草薙温泉。観光や湯治客でにぎわった時代には3軒の温泉旅館が軒を連ねた。しかし、2011年に「臨江亭滝沢屋」が事業を停止して以降、温泉街の灯は消えたままだ。「村の観光振興を考えた場合、温泉宿はどうしてもほしい」。村総務課の岸利吉課長(59)は言葉に力を込める。
村の観光資源の目玉は「最上川舟下り」。旧温泉街は下船場のすぐ隣だ。船上から最上川の雄大な景色を眺めてもらい、降りてすぐに宿に移動。温泉と郷土料理を楽しんでもらう―。このプランを成立させるためには草薙温泉の復活は村の悲願と言える。
「このまま誰かが土地、建物を買うのを黙って待っているわけにはいかない」。「滝沢屋」の事業停止から2年後の13年5月、村は大胆な策を打つ。競売対象となっていた土地と建物の入札に参加し、計1400万円で落札した。
「新たに温泉旅館経営を引き継いでくれる業者が見つかるまで、建物と土地を村が留め置く」。これが目的だった。温泉宿以外の利用目的で落札されては村全体の産業振興に影響する恐れがある。渡部秀勝村長は覚悟を決めた。「民間の旅館を村が買い取って責任が取れるのか」。厳しい批判の中、担当者は温泉旅館経営者らの元をかけずり回った。
そして今年2月、老舗旅館のタカミヤホテルグループ(山形市)が再建に意欲を示す。光が見えた。
最上町の瀬見温泉は県内の温泉街の中でも指折りの歴史と伝統を誇る。特に温泉の湯気を患部に当てる「ふかし湯」は有名。古い和風造りの温泉宿が立ち並ぶ中心街は旅情をかき立てる。だが、古いが故に問題も多い。その一つが廃業して手つかずになった空き旅館をどうするか。建物は手入れをしなければすぐに劣化し、景観を損ねる負の影響を及ぼしてしまうからだ。
■誰かがやらねば
瀬見温泉街のある小規模旅館。約25年間営業していたが、2010年に自己破産した後、空き旅館となっていた。屋根や外壁は劣化し、景観を著しく損ねていたことなどから町は12年6月、競売に参加して土地、建物を合わせ100万円で落札、購入した。
同町総務課の伊藤勝課長(55)は「誰かが対策を講じなければならないとすれば、それは行政だと判断した」とする。決して後ろ向きな考え方ではない。「積極的に町が取得し、地域活性化の財産として有効活用する道を選んだ」と強調する。
現在、再利用の方向性について地元住民の意見を聞きながら検討している段階だ。町の担当者は「アパートやシェアハウスなど定住促進住宅として位置付けたい」とプランを描く。早ければ15年度の実用化に向けて利用方針を固めたい考えだ。
■「一線を越えた」
温泉街の活性化に対し、行政は県外からの誘客支援やイベント開催などソフト事業でかかわるのが一般的だった。空き旅館を取得し、新たなオーナーや活用策を探る取り組みはある意味「一線を越えた」と言えるかもしれない。これに対し、戸沢村総務課の岸利吉課長は言う。「基礎体力がある都市部なら民間企業や地域の力で対応できるが、過疎化が進んでいる地域はある程度、行政が前に出る必要があると考える」
大きな社会変化の中、町村部の観光振興は行政の役割が確実に大きくなり、そのリーダーシップが求められている。
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