県内で育った若者、とりわけ大学などの高等教育機関で学んだ人材がこれまで県外に流出してきた際、最も多くその契機となったのは就職だろう。本県には基幹産業である製造業をはじめ、優れた技術やノウハウを持つ中小企業が数多くあるが、長年、こうした若者たちの受け皿にはなりきれてこなかった。
代わりに受け皿として大きな役割を果たしてきたのが県や市町村、警察、学校といった「官」のほか、経営規模の比較的大きな金融機関などだ。高度経済成長期には、各地に参入した誘致企業も多くの雇用を吸収した。
■失われた20年
時が移り、1980年代から90年代にかけてのバブル経済が崩壊、「就職氷河期」に入ると、県内の民間雇用は一層冷え込み、若者の県外流出に拍車を掛けた。各地で誘致企業も撤退を繰り返した。「勤めるところがない」「進学後に戻りたくても戻れない」。出生率の減少とも相まって「失われた20年」は地方から若者の姿が減った時代とも重なる。
長いデフレの出口がかすかに見えたかと思えば、地方は一転して人手不足の深い霧に包まれている。2013年9月に1倍を超えた本県の有効求人倍率は、その後、緩やかな上昇カーブを描き、今も1.2倍を超える水準が続いている。
中でも深刻なのが高齢化の進展を背景とした医療・福祉分野の人手不足だ。今後、首都圏では団塊の世代が高齢化し、さらに地方から医療・介護人材の大規模流出の可能性が指摘されている。
■担い手が不足
政府が地方創生を掲げ、県や市町村も若者の回帰、定着に大きな問題意識を持つ今日。高い求人倍率は好景気の反映というよりむしろ、本県の各産業に忍び寄る担い手不足の影であることに危機感を強めなければならない。
若者にとって、山形は「勤めるところがない」ではなく、「勤めたいところがない」あるいは「勤めたいところが見つからない」場所へと変質している事実を見詰める必要がある。
だが、厳しい時代にあって、新たな胎動を感じることもできる。鶴岡市に01年に設立された慶応大先端生命科学研究所。研究所が有能な人材の呼び水となり、バイオベンチャー企業が次々と生まれ、産業規模が拡大する好循環が生まれつつある。
■多国籍の社員
人工合成クモ糸素材「QMONOS(クモノス)」を開発した「Spiber(スパイバー)」は、その代表格だ。白を基調とした内装。広く明るい本社研究棟では年齢や性別はもとより、国籍も実に多彩な社員たちが活気に満ちた雰囲気で働いている。
社内には多国籍の言語が飛び交い、社員募集には毎週のように海外から申し込みがある。グローバルなIターン現象といえそうだ。
何が国境を越えて、人材を呼び集めるのか。鶴岡から聞こえる胎動に、人は「働く」ことに何を求めているのかの謎を解くヒントが隠れていそうだ。
第1部は「働く」ことをめぐる本県の課題や可能性、若者や親世代の意識などを追う。
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