【記者コラム】高校サッカー全国制覇の監督はなぜ、モンゴルに渡ったのか 氷点下40度の極寒、世界ランク183位 決断の理由と挑戦の日々を聞いた

10/2 14:00
 杭州アジア大会でサッカー男子のモンゴル代表を率いた大塚一朗さん(左端)=9月21日、杭州(共同=坂野一郎撮影)

 【杭州】中国の杭州で開催されている夏季アジア大会は、海外に拠点を置く日本人指導者の奮闘も見どころの一つだ。サッカー男子でモンゴル代表を率いたのが大塚一朗さん(58)。2014年に母校の富山第一高を全国高校選手権初制覇に導き、現在は妻の洋子さんと首都ウランバートルで暮らしている。長い冬の間は、気温が氷点下40度に達することもあるという極寒の地。なぜ海を渡り、日々どんな経験をしているのか。本人に直撃した。(共同通信・村形勘樹)

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 9月21日。1次リーグB組のサウジアラビア戦に足を運んだ。ジャージー姿の大塚さんは、国歌斉唱で右手を胸に当ててベンチ前で直立。試合中は身ぶり手ぶりを交えて指示を送り、思わず日本語で熱く選手を叱咤(しった)する場面もあった。

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 国際サッカー連盟(FIFA)の世界ランキング(9月21日付)で183位のモンゴルに対し、昨年のワールドカップ(W杯)カタール大会の1次リーグでアルゼンチンを破ったサウジアラビアは57位。今大会出場した世代別の代表でも実力差は大きく、0―3と完敗を喫した。

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 試合後の記者会見。感想を日本語で質問しようとすると、すかさず司会者から「イングリッシュ or チャイニーズ」と遮られる…。お互いが日本人と分かった状況で、なぜかぎこちなく英語で質疑応答。突っ込んだ話も聞けないまま終わってしまったため、会見終了後に駆け寄って追加取材をお願いすると、快く応じてくれた。

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 2022年1月、日本サッカー協会(JFA)のアジア貢献活動でモンゴルへの派遣が決まった。「俺がいつまでも(母校で)監督を続けて偉そうにしていれば、若いコーチたちが育たない」。育成年代の指導で確固たる地位を築いた大塚さんは、後進のため、そして自分の夢のため、厳しい環境に飛び込んだ。

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 代表監督には20代半ばから憧れ続けていたという。原点は1989年。サッカーの「聖地」とされるロンドンのウェンブリー競技場で行われたイングランドとイタリアの一戦だ。ギャリー・リネカーに、ロベルト・バッジョ。スター選手を見るため詰めかけた大観衆が、ワンプレー、ワンプレーに熱狂する。そんな光景に感動し、指導の道に進む覚悟が固まった。やがて「いつか、どこかの代表監督をしたい」との思いも芽生えた。

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 モンゴル代表監督として初陣だった2022年3月の親善試合は忘れられない。1万5千人の観客が集ったアウェー、ラオスのスタジアム。開始前のモンゴル国歌演奏で「まだ(曲を)覚えてもいなかったのに、興奮と感動のあまりに涙が流れた。35年を経て夢がかなうなんて…」。記念すべき第一歩を踏み出した。

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 富山市の出身で法大から日本リーグの古河電工に入社した。しかし、奥寺康彦や岡田武史ら日本代表選手が居並ぶ強豪で活躍できず、24歳でスパイクを脱いだ。その後は英国に留学して指導者ライセンスを取得。J3富山の前身、北陸電力の選手兼コーチやアルビレックス新潟シンガポール監督を務め、2012年に監督に就任した富山第一高では、昨年日本代表に初選出されたFW西村拓真(横浜M)らを育てた。

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 豊富な知識、指導経験をもってしても、異国での挑戦は容易ではなかった。寒さや雪で1年の半分は屋外で練習ができず、屋内でのフットサルが練習の中心。JFAへの活動報告によると、モンゴルの平均月収は約3万円で、選手の多くがサッカーは副業だという。仕事で練習に参加できないことも多く、最初の招集時に来たのは9人。モンゴル語でのコミュニケーションにも苦労している。

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 一方で、代表チームに成長の予感もある。身体能力に優れた選手が多く、日本代表の快足アタッカー、伊東純也(スタッド・ランス)と同程度のスピードを計測する選手も複数いるそうだ。「まだ始まったばかり」。根気強く、守備の意識からたたき込んでいる。

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 当面の目標は米国、カナダ、メキシコで共催される2026年ワールドカップ(W杯)のアジア1次予選を勝ち抜くこと。10月中旬のアフガニスタン戦(ホームアンドアウェー方式)に勝てば、日本とは別グループの2次予選に進む。

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 代表監督としての大望を尋ねると「(日本と)同じ土俵に立って勝ってみたい」。FIFAランクでアジア最上位の19位につける母国は、はるか遠い存在だと分かっている。それでも、高校日本一に輝いたメンバーの大半が富山県出身者だったことを振り返り「田舎の選手だけでも優勝しているので、可能性はある」。創意工夫と努力の先に、夢が実現する日は待っている。そう心から信じている。

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 杭州アジア大会でサッカー男子のモンゴル代表を率いた大塚一朗さん(左端)=9月21日、杭州(共同=坂野一郎撮影)
 杭州アジア大会のサッカー男子1次リーグでサウジアラビアと対戦したモンゴル代表=9月21日、杭州(共同=坂野一郎撮影)
 2014年1月の全国高校選手権決勝で富山第一を初優勝に導いた大塚一朗監督(左)と息子の翔主将=東京・国立競技場(共同=佐藤優樹撮影)
 サッカー男子モンゴル代表監督の大塚一朗さん(右奥)とモンゴル代表選手=9月21日、杭州(共同=坂野一郎撮影)
 サッカー男子モンゴル代表を率いた大塚一朗さん(左)とU―22日本代表の大岩剛監督=9月、杭州(共同=大塚さん提供
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