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斎藤マシン工業会長
阿部光成氏
阿部光成氏
【インタビュー】
 -業界や御社の現状は。

 「創業後しばらく和文タイプライター部品を製造していたが、ワープロに押され下火になった。新たな仕事を獲得しようと営業を仕掛け、真空装置メーカーに出合った。仕事を受けるため設備投資に踏み切り、真空機器部品の設計、加工、組み立てを受注して取引の幅が広がった。今は医療、食品、電子の各関連機器にも手を広げ、取引先が40社ほどになった。大量生産より多品種少量生産を得意とし、多工程の単品物こそ技術力を発揮できる」

 -良い職場づくりに向けて心掛けていることは。

 「空気感を大切に、『明るく、楽しく、元気良く』がモットー。職場の空気を悪くする要素は徹底的に排除する。社員に働いて良かったと思ってもらいたい。仕事でも仕事以外でも多くの人と触れ合い、幸せな人生を送ってほしい」

 -求める人材は。

 「人の悪口を言わず、性格が良く、前向きな人だ。『1+1=3以上』にするためチームとして協力は不可欠。どんなに頭の回転が良く仕事ができても、職場の空気を悪くする人はだめだ。社員が『自分の知識をどう仕事に役立てようか』と考え行動すれば、数百人規模の会社にも勝てる。即戦力は求めず、仕事は会社がゼロから教える。仕事ぶりを見て能力を生かせる職場に配属する」

 「知識はインターネットからも得られ勉強でも身に付くが、知識を生かす知恵はそれだけでは身に付かない。人はさまざまなことを経験し、褒められることで育ち、次の挑戦への力を得る。その機会を提供することが経営トップの役割だ」

 -若者の定着促進には何が必要と考えるか。

 「大学生が山形に滞在する4年間に、山形の魅力をどれだけ伝えられているだろうか。若者は働く場所があるから定着するのではなく、『魅力的な場所で充実した人生を送りたい』と思うから仕事を探す。その方が若者も幸せだ。『住めば都』ではなく『都だから住む』。仕事の魅力向上以上に山形の魅力を磨くことが大切。大人が山形の魅力を探し、子や若者に伝えることが必要になる」

 -影響を受けた人物は。

 「創業者の義父・斎藤啓次郎だ。さまざま議論し、多くの経験を積ませてもらい全て実になった。今でも困ったことにぶつかれば『啓次郎ならどうするか』と考える。その行動は私の教科書でもある。取引先に教えられることも多い」

 ★阿部光成氏(あべ・みつなり) 仙台大体育学部卒。埼玉県春日部市のスイミングスクールでコーチを務めた後、27歳の時に斎藤プレス工業(現斎藤マシン工業)入社。営業部長、専務を経て2005年に3代目社長に就任。17年から会長。宮城県石巻市出身。63歳。

 ★斎藤マシン工業 斎藤プレス工場として1950(昭和25)年に山形市で創業。63年に斎藤プレス工業として法人化し、77年に現在地に移転した後、85年に斎藤マシン工業に名称変更した。真空装置、食品関連機械、電子顕微鏡などの電子応用装置に使われる部品の設計、加工、組み立てを手掛ける。資本金1千万円。従業員数は約50人。本社所在地は天童市石鳥居2の2の64。他に中山工場(中山町)がある。

【私と新聞】環境を守る役割に期待
 求める情報はスマートフォンやパソコンで収集できる時代。阿部光成会長は「新聞は速報性ではネットに劣る。横並びではなく、ネットからでは得られない情報を掲載してほしい」とする。

 地球の環境破壊、温暖化の進展に心を痛めている。「天気予報のように毎日、環境汚染の進み具合が分かる記事は掲載できないか」と提案。環境破壊を止めるには「一般市民が動かなければ何もできない」とする。研究者や政治家任せにせず、一人一人が環境問題に関心を持ち、二酸化炭素(CO2)排出抑制策を考えることが欠かせない。「“環境予報”はその礎になる。山形新聞発で世界に広まればすごいこと。新聞の必要性も見直される」と語った。

【週刊経済ワード】ローカル5G
 携帯電話などに使われる通信の新規格である第5世代(5G)移動通信システムの電波を、工場や農地といった限られた範囲内で使う制度。携帯以外にも工場機器や小型無人機ドローンなど幅広い産業での活用が期待される。5Gを利用したい企業や自治体が、携帯電話大手のサービスとは別に免許申請し、自前の電波を展開する。
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